『天国と地獄』黒澤明 1963 

刑法改正につながった誘拐型サスペンスの傑作

天国と地獄

《あらすじ》製靴会社の常務・権藤(三船敏郎)宅に、息子を誘拐、身代金要求の電話があったが、誘拐されたのは運転手の息子で、誘拐犯は間違いを認めた上で権藤に身代金を要求する。
そのとき権藤は秘かに自社株を買い占め実権を握ろうとしている最中で、応じるべきか逡巡するが、秘書の裏切りもあって身代金を払うことを決意する。
受け渡しは「こだま」に乗車し、川の前で子どもを見せ、川が過ぎたら金の入ったカバンを落とせという指示で、子どもは無事に解放されたものの、身代金は奪われ犯人は逃走してしまう。
戸倉警部(仲代達矢)率いる捜査陣は、犯人のアジトを見つけ出すが、既に共犯者はヘロイン中毒で死亡していて、主犯を誘き出すため身代金が使われたという嘘の情報を流すと、カバンを償却処分したことを示す牡丹色の煙が上がり、その近所に住むインターンの竹内(山崎努)が浮上する。
共犯者を殺害したのが純度の高い麻薬使用によるショック死と判断した捜査陣は、誘拐だけでなく殺人罪で死刑にするため竹内を泳がせ、生きていると思った共犯者を殺害しようと訪れたアジトで逮捕する。
死刑が確定した竹内と権藤が面会し、権藤の天国のような暮らしを、竹内は地獄の中から見ていたと嫉妬を明かし、絶叫してエンド。



《感想》前半は権藤の社内抗争劇と身代金支払いをめぐり逡巡する様を描いた密室ドラマが中心で、身代金受け渡しあたりから大きく動き出す。主役も権藤から戸倉警部に移り、スピーディに展開する。
アジトで殺された共犯者の殺害方法がマリファナ投与によるショック死、それが出来るのは医学知識のある者……と絞られ竹内にたどり着き、竹内の嫉妬・羨望が憎しみに変わって、犯行にまで及ぶ動機が明かされていく。
権藤は会社を乗っ取ろうとして失敗し、破産して町工場からの再出発を余儀なくされ、竹内は苦学して医大に入りインターンとなったものの、出世コースからははずれ、ドロップアウトして犯罪を引き起こす、いわば共に社会的敗者と言える。
だが、権藤の会社乗っ取り計画は会社にとっては「悪事」だが、その金で他人の子どもを救った社会的には「善人」であり、竹内にしても苦学していた頃は医学という善の道を志していたが、挫折し悪の道に落ちてしまう。「善と悪」は立場によって変わり、また移ろうものである。権藤と竹内の「善と悪」を対比するように描いていて心動かされる。
古さは感じさせるが、それは時代そのものであり、捜査手法は当時の先端であったろうし、人物像の描き方にしても、脇の端役まで巧みに描かれ、深い洞察力が見える。今もって一級のサスペンスである。

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投稿者: むさじー

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