転落しても高貴である女性像を描く、溝口の女性賛歌
《あらすじ》奈良の街外れにある荒寺の羅漢堂で娼婦のお春(田中絹代)は仏像を見ていくうち、若き日自分に思いを寄せていた勝之助(三船敏郎)の面影を見て回想する。
(1)お春は御所勤め、勝之助は公卿の若党という身分の違いがあって、封建時代の世には不届き千万と、二人はお上に逮捕され男は打ち首、お春は両親と住んでいた洛中の屋敷を奪われ、洛外追放の身となる。(2)次になったのは大名の妾で、世継ぎが出来ず、お家断絶の危機に瀕した大名家が妾探しをしていて、その目にとまったもの。無事に男児を出産したものの、正妻の妬みにあい、用済みとばかりに実家に帰されてしまう。(3)金策に困った父親はお春を島原の郭に売ってしまい、そこでお春は田舎大尽に見初められ身請け話が出たものの、偽金作りをやっていた大尽が役人に捕らえられてしまう。(4)郭を出て実家に戻り、笹屋嘉兵衛(進藤英太郎)の住み込み女中となるが、島原勤めがばれて追い出される。(5)善良で働き者の扇屋の弥吉(宇野重吉)のもとへ嫁入りし、やっと人並みの幸せを手に入れたかに見えたが、弥吉が物盗りに殺され、無一文で店を出ることになる。(6)世をはかなみ、老尼の妙海を訪れ世話になっていたが、借金の取り立てに来た笹屋の大番頭治平と悶着を起こし、寺を追い出される。(7)かつてお春に横恋慕していた笹屋の番頭文吉と出会ったお春は、彼とともに旅をするが、文吉がお春のために店の金を盗んだことが分かり捕らえられる。
いつしかお春は三味線弾きの物乞いとなり、果ては夜鷹に身を落とす。そこへお春を探していた母が現れ、松平家からの呼び出しの知らせで、出向くと、重臣から娼婦だった過去を叱責され、息子である若殿の顔も遠くからしか見ることが出来ず、今後彼女を幽閉すると告げられる。すきを見て逃げ出したお春は尼僧となり、念仏をあげながら家々を角付けして歩いている。この世のあらゆる束縛から解放されて、ひたすら我が道を行く、悟りの境地が見えるラストシーンである。
《感想》まるで坂道を転げ落ちるかのように、身を持ち崩していく哀れな主人公だが、どんなに汚され、下げすまされようと自尊心は失わない、そんな女性像を溝口は高貴な女性として賛美している。このとき田中は43歳、十代から老年まで見事に演じ切っている。ワンシーン・ワンカットの長回しや流麗なカメラワーク、格調高い映像美と浄瑠璃を用いた伝統音楽が作品をより高貴なものにしている。画質、音質ともに粗いことが惜しまれる。
溝口の作品に「近松物語」があるが、共通するのが物語の面白さ。近松のヒロインは健気だが、西鶴のそれはしたたかである。
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