合唱で救われた少年少女とピアニストの物語
《あらすじ》長崎県五島列島の中学校。親友のハルコ(木村文乃)が産休に入るため、臨時教員と合唱部指導で赴任した柏木ユリ(新垣結衣)はピアニストとしての過去を持つが、事故で恋人を失い、それを自分のせいと自らを責めてコンサートをボイコットし、ピアノから離れていた。
合唱部リーダーのナズナ(垣松祐里)は、母を亡くし、父は愛人を作って島を出たため祖父母と暮らし、男子部員として入部したサトル(下田翔大)には自閉症の兄アキオ(渡辺大知)がいるため部活への参加もままならない状況だった。
そんな複雑な家庭環境に置かれた彼らは、歌うことで一つになれる合唱に救いを求めていて、悲しい過去からピアノが弾けなくなったユリの心を動かす。それまでぶっきら棒な口調と冷たい態度だったユリは、生徒たちと向き合うようになり、静かに自分を見つめ直していく。
合唱コンクールは残念ながら……でも合唱の素晴らしさを誰もが実感し、任期を終えたユリは皆に見送られながら島を離れた。
《感想》原作は中田永一(乙一)のジュニア向け小説で、てっきり「合唱で心を一つに」というサクセスストーリーかと思ったが、父に捨てられた娘と、障害者を兄に持つ弟を軸にした家族の物語だった。
脚本(持地佑季子、登米裕一)の力もあるかと思うが、自閉症の兄の存在感がすごくて、また三人の自然な演技が素晴らしく、全く期待せずに観て(失礼)思わぬ収穫だった。
父親に二度捨てられた(一度は戻ったものの金を盗みに帰っただけ)少女は、自分が生まれた価値を見失うが、母が教えた「船の汽笛(前進)は、ドの音」を思い出し、ユリが震える指で押した「ドの音」、それがきっかけで弾けるようになったベートーベンのピアノソナタに救われる。ユリもまた少女を自分のピアノで幸せにしたことで救われた。
自閉症の兄がいなければ自分は存在しない(兄の世話をするために生まれた)と信じ、自分の現在も将来も既定の枠内にしかないと思い込んでいる少年が「すいません」を「ありがとう」に変える術を知り、呪縛から解放されて救われる。
二人の少年少女に比べると、ユリのピアノ拒絶の経緯は浅い気がする。コンサート会場に向かう途中のバイク事故で亡くなったことを自分のせいと思い込み、自分のピアノは誰も幸せにできない、という思い込みはいかがなものか。でも、涙腺が緩んでしまう。美しい自然の中で展開される若手の熱演が、膨らみのある人間ドラマたりえている。
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