底辺の人々の絶望を、優しさとリアリズムで描いた作家の半生
《公開年》2011《制作国》シンガポール
《あらすじ》1957年頃、それまでの子ども向け漫画に対して、大人向けの「劇画」という世界を生み出した辰巳ヨシヒロのドキュメンタリー・アニメーション。
苦悩と葛藤の連続だった彼の半生と、1970年代に発表した作品をアニメ化して融合させている。ナレーションは辰巳本人で、アニメ作品の声は別所哲也が6役を務めている。アニメ作品は短編5編。
「地獄」被爆時の殺人を親孝行と間違え嘘の美談を作ってしまったカメラマンが、真実を知る男を殺してしまう話。
「いとしのモンキー」アパートで猿を飼っていた孤独な工員が、事故で左腕を、更に職も失い、飼えなくなった猿を動物園の群れに入れたら殺されてしまった話。
「男一発」定年退職を間近に控え、悪妻との今後の暮らしに憂鬱になった男が、一念発起して浮気するも、いざとなったら撃沈という話。
「はいってます」トイレのエロい落書きに妄想をふくらます落ち目の漫画家に、大人な向け漫画の依頼があり、舞い上がって駆け込むとそこは女子トイレで、痴漢と間違われるという男の話。
「グッドバイ」終戦直後、米兵のオンリーだった女が、米兵に去られ、自暴自棄になって、金をせびりに来ていた父親と無理に関係を持ち、捨てるという話。
《感想》どのアニメの主人公も、社会の底辺に生きていて、暗くて救いようがなく、内容はずっしり重く、ストーリーは完全にブラック。どれも時代背景が色濃く出ていて、展開は読めず、作中人物はもがき回っているので、どんなオチになるのかと引き込まれてしまう。決して希望のあるストーリーではないし、楽しめる内容ではないが、ドロドロした男女関係や人間のドラマが結構深くて、本音をさらしている分、感銘を受ける。
劇画と聞いて思い浮かぶのは「ガロ」であり、白戸三平、さいとうたかをあたりだが、中心になって「劇画」を提唱し、劇画ブームを迎えながらも、時流に乗らず、独自の道を歩んだのは何故か。この5編の短編を見る限り、人間の心の深淵に迫るすさまじいまでのリアリズムであり、その絶望の深さだろう。しかし、表現者の眼差しには、社会の底辺に生きる人たちへの愛情のようなものが感じられる。そこが読者に共感を与える要素なのだろうが、明らかにブームとなった劇画とは作風が異なる。
こんな地味で、国内での評価が芳しくない作家を、正当に評価し、その世界を完璧に表現した外国人監督の努力に敬意を表する。
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