『アルゲリッチ 私こそ、音楽!』ステファニー・アルゲリッチ

娘が撮った完璧主義ピアニストの素顔

アルゲリッチ 私こそ、音楽!

《公開年》2012 《制作国》フランス、スイス
《あらすじ》世界的ピアニスト、マルタ・アルゲリッチの実の娘ステファニー・アルゲリッチが、生身の母親の姿を捉えたドキュメンタリーで、原題は「Bloody Daughter(忌わしい娘)」。父親が娘を呼ぶときに、愛情込めてそう呼んだところからきている。
三人の娘と父親たちとの話、家族間の確執、奔放な母を持つ娘の戸惑いや辛さが描かれている。長女リダ(ヴァイオリン→ヴィオラ奏者)の父はロバート・チャン(作曲家、指揮者)、次女アニー(フランス文学教師)の父はシャルル・デュトワ(指揮者)、三女ステファニー(映像作家)の父はスティーヴン・コヴァセヴィチ(ピアニスト)。三度結婚し、三人の娘をもうけ、いずれも離婚しており、その後も多くの恋愛遍歴を残している。
メディアの取材を受けないアルゲリッチの、家族だからこそ撮れた名ピアニストの素のままの姿が映し出されている。



《感想》映像は家庭用ビデオであったり、編集が未整理かなと思えたり、満足できるレベルではないが、演奏に関してはかなり気難しい面があったようで、芸術家の素顔が垣間見える点で貴重な記録映像である。また、ステファニーとコヴァセヴィチ、アルゲリッチの関係は今も良好なようで、その絆の深さが映像に出ている。
演奏は一曲入魂、完全燃焼、演奏前は緊張から渋るが、演奏後は若返って戻ってくるという。シューマンの音楽が最も好みのようで、「私の心の奥の感情とか魂に自然に触れてくる」というようなことを語っている。
話はそれるが、私は最もアルゲリッチらしい、アルゲリッチにしか弾けない演奏は「バッハ」だと思っている。
CDで出ているのは1枚のみ。収録曲は「トッカータ・ハ短調」「パルティータ2番」「イギリス組曲2番」の3曲で、演奏会でもこの3曲しか演奏しないらしい。完璧主義者らしい話である。
アルゲリッチのバッハは、本能のおもむくまま自在に奔放に、しなやかで歯切れ良いリズム感をもち、豊かな情感とみずみずしさを湛え、生命力と歌に溢れている。バッハの音楽を決して重々しいものにせず、その抒情性を豊かに表現し、まさに自然体でバッハに対している。感覚的で、個性的なその表現には、他の誰でもない天才奏者のすごさのようなものがある。
そんな芸術家・アルゲリッチにしても、孫にピアノを教えるエンディングでは優しい祖母の顔になり、その落差が覗けるドキュメンタリーでもある。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

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