『赤線地帯』溝口健二 1956

つらくてもたくましく生きる吉原の人間模様

《あらすじ》吉原の特殊飲食店「夢の里」では娼婦たちがそれぞれの事情を負って生きていた。
病気で失業中の夫と幼な子を抱え、通いで一家を支えるハナエ(小暮実千代)、田舎の一人息子との同居を夢見る年増のゆめ子(三益愛子)、父親の借金返済でこの道に入り、客をだまして金を貯め、仲間に金を貸して貯金を増やすやすみ(若尾文子)、恋人と結婚して普通の主婦を夢見るより江(町田博子)がいて、そこに不良娘のミッキー(京マチ子)が加わる。
ミッキーは資産家の娘だったが父の女癖の悪さに反抗し、自分を連れ戻しに来た父親を追い返してしまう。ハナエの夫は将来を悲観して自殺未遂を起こし、ゆめ子は愛する息子に自分の仕事を否定されて発狂し、より江は結婚したものの嫁ぎ先の商売に嫌気がさして戻ってしまい、やすみは自分に貢ぐため横領した客に殺されかける。
しかし、したたかなやすみは、倒産して夜逃げした元客の貸布団屋を買い取って女主人に納まった。辞めたやすみに代わって、下働きだった少女が店に出ることになり、ためらいながら客引きをするシーンでエンディング。

《感想》売春防止法案が審議されている最中の吉原が舞台で、映画公開が3月、同法公布が5月だから、まさにリアルタイムに社会情勢を取り込んだ作品といえる。その意味では、他の溝口作品と同列に論じられない特殊性がある。また、溝口は同年8月に58歳で世を去っているので、同監督の遺作でもある。
法審議がなされている最中に、その現場にいる女性たちの目線で、社会の歪み、人間のエゴ、社会の偏見、そして虐げられた女たちの苦悩が描かれる。リアルタイムゆえの強烈なメッセージがあるし、「今、映画は何を為すべきか」の明確な姿勢を示している。しかもその日常を淡々と描いている。
店の主人は「俺たちは政治の行き届かない所を補っている。政府に代わって社会事業をやっている」と力説する。女性たちは、仕事がなくなったら困るという思いと、こんな仕事はコリゴリという思いの狭間で揺れている。この映画も声高に反対を叫んだりしないし、主義主張を訴える社会派映画ではない。「虐げられた女性の姿を冷徹なリアリズムで描く」とはこのことだろう。
バイタリティあふれる女性たちが登場し、その狂騒的世界が描かれるが、まだ「戦後」が色濃く残っていたこの時代の、貧しいながらもたくましく必死に生きる様はやはり迫ってくる。
時代の空気を切り取り、その時代の人間の悲喜劇をリアルに描いた点でこの作品は素晴らしいし、また、映画という表現媒体がもつ凄さも感じた。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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