『紙の月』吉田大八 2014

善意から悪事に走り、全て壊したとき自由になった

紙の月

《あらすじ》何不自由なく暮らしていた銀行の契約社員・梨花(宮沢りえ)は、夫との間に溝が生まれ、何かに導かれるように大学生・光太(池松壮亮)との交際が始まり、その幸せを満たすために横領を重ねていく。
ミッションスクールの中学時代、「施す側になれ」の教えに沿って、父親の財布から抜き取った金で高額の寄付をした思い出が挿入されるが、それと同様に、最初は男を助けるために始めた横領行為だった。ところが、だんだん男をしばるためにお金を使うようになり、一つの嘘を隠すために次の嘘を重ね、そのために奔走するが、いつかは終わりが来る。ついにばれて海外へ逃亡する。そこで自由は得たものの、追っ手は迫り、逮捕目前といった風に、余韻を持たせたエンディングになっている。



《感想》「紙の月」はペーパームーン、「まやかしの月」だから、ホンモノと言えない恋愛(男との関係)、併せて紙幣(お金)を指しているのか。紙で作ったものだが、信じればそれが本物になる、という意味もあるらしい。
カトリックの女子校に通い、平凡な主婦になった女性が、片手間に始めた銀行の営業で男に出会い、心の拠り所を求め不倫と横領の泥沼に落ちていく。男と過ごした朝帰りに見た月に、幸福感とともにニセモノであることを感じ、ニセモノだから壊したっていいと思ったら自由になれた、と言う。
梨花の変化していく様が見事である。そもそもの発端は「人に感謝されることの快感」で、それに味をしめて犯罪に手を染め、恋愛を継続させるためには手段を選ばない積極的な女性に変わっていく、そんな心の軌跡が丁寧に描かれ、悪事を重ねるごとだんだん綺麗になっていく。不正がばれると、それを見つけた先輩のより子(小林聡美)と対峙し、本音をぶつける。椅子で窓ガラスを割り逃亡する際、より子に言う「あんたも一緒に行く?」。梨花が自分に重ねてより子に見ていたのは、孤独と、呪縛からの解放の願い。それに対し、真面目で仕事一筋に生きてきたより子は絶句するが、圧巻の対決シーンになっている。宮沢の演技には凄味すらあって、それに応える小林は不意打ちの戸惑いで茫然とするばかり、この「見透かされ感」の演技がいい。これが二人の人生の分かれ目。
善意も欲望、悪事も欲望、欲から解き放たれたとき自由が得られる。お金で自由は得られない。

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投稿者: むさじー

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