不貞で極刑という時代の純愛物語
《あらすじ》京都烏丸の大経師(表装・表具を職とし、暦を販売)の手代茂兵衛(長谷川一夫)は、主人の妻おさん(香川京子)から、兄の金策依頼で困っていると相談を受ける。
冷酷無情な主人が貸すわけがなく、茂兵衛は主人に内緒で店の金を融通しようとするが、それが主人にばれようとしたところを、茂兵衛に好意を寄せる女中お玉(南田洋子)の嘘に救われる。しかし、主人はお玉に気があり、茂兵衛とお玉の仲を勘違いして茂兵衛を軟禁状態にする。
お玉の寝間に主人が忍び込むという話を聞いたおさんは、お玉の布団で主人を待つが、やってきたのは屋根裏から抜け出した茂兵衛で、そこへ運悪く主人も来て、不義密通と騒がれ、二人とも家を追われる。
もう死ぬしかないと琵琶湖に舟を出し、身を投げようとするが、死ぬ間際に茂兵衛からおさんに対する思慕の告白があり、それを受けたおさんも茂兵衛を愛していたことに気づき、死を思いとどまる。
二人は愛を深め、逃げ延びる気持ちになるが、役人に追われ、親からも疎まれ、二人は捕まってしまう。不義密通の罪は町内引き回しの上、極刑となるが、真実の愛を貫いた二人は、穏やかで晴れ晴れとした顔で刑場に引かれていった。
《感想》近松「大経師昔暦」を元に川口松太郎が書いた戯曲を映画化。
何より人間関係が巧妙で、物語が面白い。大経師の主人は宮中(武士)に取り入り金にうるさく、その立場を狙う同業者がいて、店主の座を狙う手代もいる。おさんの兄は道楽者で身代が危うく、母は金のためおさんを嫁がせていた。茂兵衛には彼を慕う女中お玉がいたが、主人はお玉を妾にしようと狙っていた。相関図が出来そうな人間関係だが、各々のキャラが立っているし、役者も光っている。
さらに撮影宮川一夫、音楽早坂文雄も、女の情念を描いたら右に出る者がない溝口ワールドの構築に貢献している。
史実をどこまで反映しているかは不明だが、それにしても封建的な時代というのは理解し難いもの。不義密通が見つかれば支柱引き回しの上、磔獄門というし、人の色恋に役人が目の色を変えるというのも滑稽な時代ではあった。
これに対し「世に背いた二人の顔が、いまだ見たことがないくらい晴れやか」というエンディングは、不貞という罪悪感を払拭し、真実の愛を成就した達成感に満ちていて、現代に通じるものを感じる。
時代に翻弄された悲恋だが、二人の気持ちは反旗を翻しているような矜持に満ちていて、浄瑠璃を意識した様式美がそれを際立たせている。
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