狂気が寓話に飲み込まれていく不思議世界の傑作
《公開年》1955 《制作国》アメリカ
《あらすじ》ハリー・パウエル(ロバート・ミッチャム)は、車の窃盗を働き収監された刑務所で、銀行強盗をやって二人を殺し1万ドルを奪ったベン・ハーパーに出会った。
ベンは死刑を待つ身だが、その金はまだ見つかっておらず、逮捕前に子供たちに託したことを聞いたハリーは、出所してベンの遺族に近づく。言葉巧みに未亡人ウィラに取り入って結婚し、金のありかを探ろうとするが、子どもたちへの様子で彼の結婚の動機に気づいたウィラは、ハリーに殺されてしまう。母を殺され、彼の凶暴な正体に気づいたジョンとパールの兄妹は、小舟に乗って逃亡を企て、ハリーは福音伝道師を装って、盗んだ馬で兄妹を追った。
小舟に乗って川を下った兄妹は、やがて身寄りのない子どもたちの面倒をみている老婦人レイチェル(リリアン・ギッシュ)に助けられる。レイチェルはまさに女傑で、猟銃で武装してハリーを迎え撃ち、ハリーは警官に逮捕されてしまう。逮捕の際、父親の逮捕時を思い起こした兄妹は、人形に隠した金をまき散らす。レイチェルは泣き出すジョンを慰め、やっと平和が訪れてエンド。
《感想》イギリスの名優チャールズ・ロートンがその生涯で唯一監督を務めたファンタジー・スリラー。発表当時は全く評価されず、日本での劇場公開は1990年だったらしい。
物語は、中盤の子どもたちの小舟での逃避行あたりから雰囲気が一変し、ファンタジーの世界へ突入する。この川下りのシーンはスリリングにしてのどか、ダークな童話のような不思議世界。川辺にはカエル、カメ、ウサギ、ヤギが兄妹を見つめ、農家のウシ小屋に逃げ込み、更なる舟旅の先で老女に拾われる。女傑の老女は信心深く、悪夢の世界から勧善懲悪の世界へと変わっていく。何人も殺してきた殺人鬼が、猟銃を持っているとはいえ老婆一人に手こずる不思議は、やはりおとぎ話の世界だが、溜飲が下がるのも確かである。ただ、見終わった後に爽快感はない。
冒頭「羊の皮を身に纏った偽予言者に気をつけよ。中身は貪欲な狼である」という聖書の言葉が語られ、映画の展開も、偽予言者(狼)に気づいた敬虔な信者である老女との闘いになる。その狼には、指にLOVE(愛)とHATE(憎)の入れ墨があり、狂気の偽伝道師そのもの。当初受け入れ難かったのも、童話的世界の中での狂気・暴力が鮮烈過ぎたためだろう。数十年経ってそのカルト的世界が再評価されている。
モノクロの幻想的で美しい映像と、斬新な展開は、60年以上経った今でも新鮮で、色あせることがない。
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